着て行ったはずの、上着がない。慌てて前日飲みに行ったお店に電話する。ああ、良かった。酔って忘れてきたらしい。
帰り道、ジャケットを取りに行くだけ、のはずだった。
店に入ると、朱塗りのカウンターと、手書きのメニュー、そしてずらっと並んだ一升瓶たちが手招きをする(してません)。
「一杯だけ、いいですか……」と、ストン、とカウンターに座ってしまった。
この日は耐える一方の仕事をキレずに乗り切り、疲れて帰ってきたところに、その場にいなかった人に責められて、もやもやしていた。
飲まずには、帰れない。
肴の盛り合わせを頼み、お酒を選ぶ。昨日飲んでないお酒〜と眺めていて、今の気持ちにぴったりの名前に目を留める。
「京ひな 一刀両断 純米吟醸」。
冷え冷えの辛口、最初は甘さも見せつつズバッとキレて去っていく。
大人のお子様ランチ的な肴の盛り合わせの、濃い味にも淡い味にもつかず離れずで、食中酒にふさわしい。
「一刀両断」した上で、見守っているような。切って捨てず、逃げ道を用意するのが大人のたしなみと知ったのは、何歳からだろう。
柄(つか)に手はかけてたけれど、刀を抜かずによくがんばった、私。誰も褒めてくれないから、自分で褒めて気持ちよく帰る。
上着を忘れたのはこのためだったのかも、と思うほど、救いの「切り替え酒」だった。
昨日の酔っぱらいの私、ナイスうっかり。
特定名称
純米大吟醸
テイスト
ボディ:普通 甘辛:辛い+1