「立春朝搾り」って「無病息災・家内安全・商売繁盛」を願う縁起物。お互いに違う種類の朝搾りを買って飲み比べる約束をしたのに、相手はすっかり忘れていた。
そっちも買うって言ってたじゃん。
ちゃんと予約した自分がバカみたい。
拗ねるとすぐに予約をしてきたので、何とか時間を作って会う。そのために走って、買い物して、お酒引き取りに行って、部屋を用意して……とドタバタした。
会いたいのはワタシ、なのか。
相手を喜ばせたいから、なのか。
年に一度の貴重なお酒を、一番いい状態で飲みたいだけというのもあるけれど。
わくわくして開けた、できたてのお酒。事情で飲み比べはできなかったけれど、私が注文した「春鹿」を開ける。まさに今朝の搾りたて。
意外と落ち着いていて、甘くフルーティ。春が来たなぁ、という味だった。キュッと飲んだだけで、ちょっと寝不足なのと、昼間に体力を使ったせいかすぐ眠くなる。
……目が覚めたら部屋に、ぽつんと残されていた。
体と心の奥からどろっとした何かがこぼれてきて、上澄みだけ持って行かれた自分がカワイソウになってくる。
無病息災、家内安全、商売繁盛。
「御祈祷酒」の文字が目に留まる。私の祈りはいつも届かない。
片付けなきゃ、とグラスに残ったのを飲み干す。生まれたてのお酒は甘みを増して、痛いよう、と泣く私をなだめてくれる。
「家内安全」が守れてよかったね。
そんないい子でいられるわけないやん、バーカ。
寒さに震えて帰った後にも、ビンに残った朝搾りにあたためてもらう。涙と悩みを止めて、眠らせてくれるいいお酒は正義。
もう、誰かの体温なんかいらない。
特定名称
純米吟醸
酒の種類
生酒 原酒
テイスト
ボディ:軽い+1 甘辛:甘い+1